昭和49年10月15日 朝の御理解



  御理解 第7節
 「天地金乃神は昔からある神ぞ。途中から出来た神でなし。天地ははやることなし。はやる事なければ終わりもなし。天地日月の心になる事肝要なり。信心はせんでもおかげはやってある。」
                                                                               まっ大変なあの御教えですが、この大変な御教えを本当に、例えば此処で、「天地日月の心になる事。」と仰せられます。天地日月の心に、ならせて頂こうと言う様な、心が生れて来る。そういう心にならせて頂けるのは、矢張り一番最後のところに「信心はせぬでもおかげはやってある」という。こういうおかげが、だんだん分かって来なければならない。信心は、信心をしなければ頂けない、おかげがありますね。「信心はせんでもおかげはやってある」と。
 下関の中林さんから、大祭の案内を受けて、大祭の御参拝が出来ないから、御初穂を送って来ております。もうお孫さんが中学に、元気はつらつとして、もう毎日楽しく学校に通うておるという。お孫さんがまだ樺目の時代、この方は生まれつき目が見えないという。産まれ立て失明しとる訳です。それで当時の樺目に一生懸命お参りして見えられました。下関から。そしてお医者さんは、まあそれもお医者さんは気休めに言う。まあ本人が体力が出来たら、手術をして見楼とこう、云う事であった。  
 所がやっぱり、その人情と申しますかね、とにかく早く手術をした方が見える様になるかも知れんというので、お参りをして来る度んびに、手術はせずにおかげを頂けという事でしたけれども、手術される事になった。その時は電話でお届けがありましたから、電話で丁度久富先生が出られて、手術をすると云う事をまあーでも片一方だけさして貰おうと云う事であった。けれども極力親先生がああ仰った。せんほうが良いですよと言ったけれども、矢張りされた。とうとうそのまま手術をした方は、失明してしまわれた。
 だからもう医者も、あえて片一方の方は、手術をしようとはしなかった。それから今度は、片一方だけでも、取り止めねばならんから、勿論信心も熱心にあられましたが、おかげで見える様になったと。もうそれから間もなくでした。ある時まだはいはいしておる時分でしたからね。手鞠をこうやって誰かが転がしたら、その手鞠を転がした方へ、這うて行く様になった。あらこの子は見えるんじゃろうか。それから段々、おかげ頂く様になって、今では片一方だけは完全に見える様になった
 。もうこれこそ毎月親子で、お礼参拝のない事は御座いませんでした。所がもうこちらへ、合楽に来ました頃から、お参りがありません。大祭の時なんか案内が行くと、御初穂をお供えなさるという程度になった。最近ではその段々、その御初穂も少なくなって来た。これはもうそれこそ、奇跡的なおかげを頂いておりますけれども、そういう例を、もう言うなら樺目の合楽を通して、限りがないですね。そういう、本当にびっくりする様なおかげを頂いて。
 昨夜も私日田の共励会でしたから、昨日は沢山新しい方達も見えて、熱心に共励会があった。それで二、三日前子供さんが高い所から落ちて、頭蓋骨がめちゃめちゃになって、これで即死しなかった方が不思議だと言われて、それでもまだ息があるから、とても日田では出来んからと言うて、久留米医大に連れて言って、五日間も高熱が続き続けるから、お医者はもうとにかく、どちらにしても駄目だと。
 よしもし生き返った所でです。所謂これだけ熱が高ければ脳膜炎を引き起こす事は、もう必定だからまあ将来難儀な事になるんだと云う風に言われた。もう毎日泣きながら、ばば様は参って見えよりました。今度御本部から綾部さん帰られた所が、そこのお祖父さんになる人が、「綾部さん綾部さん。家には奇跡が起こった」と言うて来なさった。どうした事かというと、おかげで熱が下がってそしてそのう、これだけ頭がぐちゃぐちゃになっとるのに、肝心な所だけはおかげ頂いてから、整うて行きよる。
 そして第一食事も頂く様になった。そして父や母がお母さんお父さんが参りますと、そのお父さんお母さんの見極めが。まだ一年七か月の赤ちゃんです。出来る様になった。このままなら頭脳も、これは普通になっておると云う事が分かったというのです。それでおかげで近いうちに、もう退院ができるというわけです。その時にお届けに参って来てから、お祖母さんがです。
 もうそれこそ泣きながらお礼のお届けがありましたがです。「今度おかげ頂いて退院して帰って来たなら、必ず本人を連れてまいりますから」と。もう本人ば連れて参れば、それで済んだごたる言い方をする。それでも私は昨日は共励会などですから、恐らく共励会に綾部さんも出て来る様に言われるだろうし、本人も出て来て、そういう大変なおかげ話でもされただろうと思うて、「誰誰さんは来ましたか」と言うたら、「いいや、そういう人は来とらんじゃった。」と言う。
 だから信心させて頂かなければ頂けないおかげという事は素晴らしいけれども、その信心させて頂いて、受けるおかげと云う物は、けれども実にもろいです。それこそ「信心はせぬでも、おかげはやってある」と仰せられる所の、信心はせぬでも頂いておる、そのおかげを信心する事によって、愈々広く愈々深く分かって行くと云う事なんです。信心とは。あん時にはこげな無い命を助けてもろうた。あん時にはこういう不思議なおかげを頂いたというのは、いかにそのもろいかというのを、その中林さんにね。
 それこそ金光様のおかげで、失明する所をおかげで失明せん。所謂盲が目が開くおかげを、程しのおかげを頂きながら有難い勿体ないで、あそこに十年あまり位お参りがありましたでしょう。毎月月参りをして来ましたそしてその当時として、本当にまぁこれ程し行き届いたお供えがちゃんと出来てました。所が最近ではまあ御大祭に案内が行くからそれに対する、まあ大祭の挨拶と御初穂。しかもその御初穂は段々少なくなって行きよるという事。だからそんなおかげでは大しておかげが本当のおかげにならん。
 所謂神様が喜んで頂く様なおかげにならないですね。自分もそれでは本当のおかげにつながりません。日田のその方だってそうです。これはもう間違いなしに死ぬ筈じゃったのですよね。日田のそれはそれはもうちゃんと、前知らせを受けとるですそういう一日二日前に、弔電が舞い込んで来たちゅうて間違って。これはそう云う事の起こる時には、愈々信心のせんでもおかげはやってあるというのは、信心はせんでも例えば私共の上に様々な事が起きる様な時には、それこそちゃんと知らせがある筈です。
 例えばえらい蒸し暑いなあと思いよると雨が降って来る様に。曇ればじゃっとは降ってこんです。曇るとか蒸し暑くなるとかそういう前知らせは、信心はなくとも必ずあるです。だから日田のその人の場合でもです。二人の息子さんがおられるげなけとにかく交通事故でも起こってはならんと云う事ですから、取り返しが付かん事が起こってはならんから、用心せんの用心せんのと言いよったけれども、よもや孫が二階から落ちると云う様な事は、夢思わなかったと言っておられる。
 これなんかはもう、信心はせんでもおかげをやってある事が分かるでしょうが。そういう前にちゃんと働きがあってるです。それはなら又別の意味です。信心はせんでも、天地の親神様の御恩徳の中に生かされてあるのですから、その御恩徳を知り、御恩徳を分からせてもろうて、その御恩徳に対しまつって、神恩報謝の生活をさせてもらうという事が、信心生活。そこがだから分からなければいけないと言うのです。
 昨日午後からの奉仕の時ですもう、高芝さんの姉さんに藤島さんという方があります。長い間、学校に奉職しておられた。それで最近はもうそれこそ見事な御家が建ったそうです。お店も繁盛しておる。ここに月に何回か、親子でお参りになります。もうそれこそ極楽であらなければならない筈のものに、実を言うと心の上には、何時も所謂悩みがある。苦しいものがある。所がです。昨日私その辺の所良くは知りませんけれども、お参りして来られたら丁度、御本部で一緒だった川上さんに。
 昨日は御用に見え虎れました川上さんに捕まった訳です。さあ川上さんに捕まったからもう離さんな外しなさらん「愈々御大祭だというのに、御用の一日でもさせて貰わなきゃ。御用の一日でもさして貰わんと、御大祭を頂かなければ御大祭を頂いたごとありませんが。とにかく忙しくあんなさらんなら、あんたも一緒に御用して下さい」とうとう捕まえられてから、一日御用しておられる訳です御用しておられる内にです。
 昨日は伊万里の竹内先生が、朝からそれこそ菜っ葉服に着替えられて、外の御用を一生懸命なさっておられる。そういう竹内先生あたりの、その真からの御用ぶりに触れながら川上さんのような、いうなら熱烈な信者さんと一緒に御用させて頂きながらです。本当に御用させて頂いて良かった。初めて信心はこうして長い間お参りさせて頂きよるけれども、大祭前の御用てんなんてん初めてじゃった。そして段々段々、御用しておる内に有難うなって来なさった。
 昨日の朝の御理解を、思い出し思い出し御用さして頂きながらです。自分の心に、いうならば、有り難いものが生れてきた。もう心の底か、ら昨日はお礼を言われて帰られた。御用した事に対して。「もうどうしたならば、竹内先生あたりと御一緒に、御用ができようか。どうしたならば、私ぐらいの者が、大祭前の御用に使うて頂いて」と言うて、喜んで帰られた。私は御用と言う事は、そんなに素晴らしい事です。
 そこから生れて来る。どこから湧いて来るか分からない信心の喜び。そういう信心の喜びでです「信心はせんでも、おかげはやってある」というおかげをキャッチした時にです。初めて信心が分かったと云う事になるのです。まあ言うなら分かりやすく簡単に言うとです。訳は分からんでも良い本当に毎日なら駐車場なら駐車場でも良い。お庭ならお庭でも良い。草の三本でも取らせて頂こうという御用の精神です。そしてそれがさして頂かにゃおられんものになって来るです。それが有難うなって来るです。
 その有難い心で信心を分からせて貰い、お話を頂かせて貰う所からです。本当に信心がなかった。信心が薄かったとは言いながら、こういう大変なおかげを、おかげとも気付いていなかったおかげに気付いて来る。言わば「信心はせんでもおかげはやってある」と仰せられる。そのおかげがおかげと分かって来るところからです。本当の意味においての神恩報謝の生活ができる。信心神恩報謝の生活ができれば、限りないおかげに繋がって行く。これなら信心が薄うなる筈がありませんよね。
 信心が絶える筈がありませんよ。そういう信心を土台としての信心。昨日は北野北野でしょう。トラックを借りてお供えの米を、北野に取りに行かにゃいけん。それであれは、運転手と助手だけしか乗れないんです。けれども久富先生と二人では、乗せる時に何俵もですから、誰か若い者を連れて行かれたらしい。 だから人員言うならオーバーしておる訳です。自動車そして行き掛けか帰り掛けか知らんけれども、警察捕まっちゃる。それはいくら市長さんでも、やっぱり捕まられる時は捕まられる。
 そればってんね私は申しました。「本当にそりゃぁ先生、おかげですよ」と。もう自分は知らず知らずの内に、示現活動さして頂いとる。「今日はこの合楽の御大祭で、実はお供えのお米を、こう北野まで取りに行きよう」まあその帰り掛けだったか行き掛けだったか分からんですけれども。「実はそういう御用で行きよる」私は私じゃなくてから、久富先生が言いなさったです。「この運転手さんは、伊万里の市長さんで御座います」と言わしゃったそうです。
 そしたらその一言で「はぁそうですか。それならどうぞ」と言うてから、何とも言われなかったと云う事ですけれどもね。けれどもそげん示現活動が出来たと。ほう合楽の金光様ちゃ、市長さんまで、ああして菜っ葉服を着てからね、大祭前の御用ばさっしゃらん。まあ感心な事じゃあるという。まあおまわりさんの、思わっしゃったろうと思いますよ。思うただけじゃない。矢張り家に帰って、家で話なさったかも知れませんよ。信心ちゃ有難い事じゃあるねという、話をなさったじゃろうと思いますよ。そのままが示現活動。やっと帰って見えてから話した事ですけれどね。
 例えばです言うなら竹内先生あたりが、ああしたなら大祭なら、大祭に掛けられるその信心の熱情と言った物はです。もう言うならば信心はせんでも、おかげはやってあるおかげを本当に分かって、日々が神恩報謝の生活出来ておられて。そして信心しなければ頂けないおかげも、又併せて頂いておられるから、それが出来るのです。ただ本当の信心が分かるというのは信心をせんでも、おかげはやってあるといわれる、おかげが分かる様になると云う事です。
 そして信心をここではしなければ頂けない、言うならばおかげです。信心すりゃ誰でもおかげが受けられるという、そのおかげだけではです。今私が三つの例を取りました様に、喉もと通れば熱さ忘れるで、段々これは薄らいで参ります。合楽さんのおかげで目が開いた。合楽さんのおかげで無い命を助けてもろ歌。言いよるけれどもそれはもう日にちが経つに従って薄らいで行く。そういう信心やおかげではつまりませんでしょう。
 神様の願いは信心して、氏子おかげ受けてくれと仰る。その本当の幸福になってくれ。幸せになってくれというのが神様の願いですから。今日は私は一番最後の「信心はせんでもおかげはやってある」と云う所だけに、焦点をおいて聞いて頂きました。「信心はせんでもおかげはやってある。」そういうおかげが信心によって分かって来る。それを簡単に分かりやすく言うならば、御用させて頂きながら有難い。
 その有り難い心が分かった者こそが、本当のものだという事です。話を聞いて理屈が分かったのだけじゃつまらん。御用でもさして頂く神様の御用。手になり足にならせてもらう。神様の喜びが、そのまま藤島さんの心に伝わった。長年信心なしよるけれども大祭前の御用てんなんてん初めてさしてもろうた。それが有り難い事であった尊い事であったと、お礼を言うて帰っておられる様に、そう言う心でです。おかげをおかげと分からして貰う信心。そういう信心からです。
 これは又これは絶対、信心をしなければお取次を頂かなければ頂けないおかげというおかげがある。そういうおかげを頂いて行くと云う事。「信心はせんでもおかげはやってある」と云うおかげと、信心しなければ頂けないおかげと、この二つが、言うなら車の両輪の様にです。信心の中に、育って行くおかげを頂かなければです。一番肝心要の所の、天地日月の心になる事肝要と云う様な、大変な御教えを頂いてもです。それに向かって、精進しようとする心すらも、起こっては参りません。
 有難い心で、愈々、天地日月の心になることが肝要だと、仰せられるのですから、言うならば、神様の心を心としての信心が、愈々なされていく。そこに私は信心所謂完璧な信心へ向かって、進んで行くと言う事は、そう言う事だと思います「信心はせんでもおかげはやってある」そのおかげをです。話を聞けば成程神様の御恩徳、御恩恵の中に生かされて生きておると言う事が、分かるけれども。
 それをいわば、実感として、おかげと分からしてもらうと云う事を、今日藤島さんの例をもって、聞いて頂いたですね。一生懸命の本当の、初めて御用に打ち込ませて頂いて、どっから湧いて来るか分からんその喜び。その喜びで天地の大恩を感得して行くと言う様な生き方の信心。そして是は信心しなければ、信心を頂かなければ、御取次を頂かなければ頂けないおかげというおかげと併せて、信心が育って行かなければいけませんね。     どうぞ。